おそら飛びたい

ハンググライダー/パラグライダーで飛んだ記録とか

7/15-16 セールプレーン&ぐだり

7/15

前々日オールからの前日飲み会で死亡。朝寝坊してつくばに迎えにきてもらい、2時ごろ桜川滑空場へ。
うみのと二人で行った。
ついたときには、雲が残念な感じ、前に飛んでた人もダメっぽいとのこと。
先にうみのが載せてもらっていた。テイクオフするタイミングで、雲がいい感じに。
結局40分くらい飛んでいた。途中気持ち悪くなって降りてきたらしい。
その後、3時ごろに俺も載せてもらいテイクオフ。が、もう雲がなくてだめっぽい!かと思っていたら、板敷方面の雲まで曳航してもらった。
高めに1000mくらいまで上げてもらい、リリース。+-0でキープして、その雲もなくなってきたのでランディング方向へ。操作させてもらっていたらサーマルヒット!そのまま回して1200m、もう一度ゴールデンレイクス方面の雲へ。発達してきたがあんまりよくない。なんとか上げなおし西へ。
なんもなくてそのままランディング。途中操作させてもらった。360とかもやらせてもらって楽しかった。
1時間半くらい飛ばせてもらっていた。
かかったお金は曳航代金(曳航した高度に比例)のみ。普通の体験ならすぐ降りてパイロット代もかかるものなのだ。ありがたや…

すごくピッチコントロールが難しい、目線ならできるが計器見ると無理!あと360中のピッチはむずかしすぎる。

 

失速、160km/h高速直線などやってもらって楽しかったです。
そしてパイロットの方のうまさよ、すごい!

わりとハングと似ている部分もあるけど、移動距離や滑空比の違いがすごい!

今度は俺らが歓迎する番やね。

その後はBBQに混ぜてもらって、宿舎へ。お邪魔しました。

その夜、宿舎には上級生が全然いなくて居づらかったです。

 

f:id:tck_hgpg:20170718005257j:plain

f:id:tck_hgpg:20170718005324j:plain


7/16

上がる気配がない。一応数人はあげられたらしい。

10時ごろ おきる

12時ごろ 杉下さんにパラのライン修理してもらう

15時ごろ 講習場へ行くとなぜか手伝わされる。靴がぐっちょりになる

16時ごろ せらくんをプールにおとす

おやすみ

2017/07/09 久々角なし

金曜は朝3時まで飲み会があったので、土曜昼まで寝て、土夜出
足尾着が3時前、寝れたのが5時くらい?バン寝して、暑くて6時に起きて寝不足、体調悪い
気温は36度まで上がる予報、飛ぶ気が失せたが、いい加減角なしに乗らないと忘れると思い山へ。

上原は10時ごろにテイクオフするが、ぶっ飛び。やはりまだ早かった。

11時ごろにテイクオフ、テイクオフはノーズが上がってひどかった。
出てすぐ、ヨーイング止まらないのは、南かぶりが強いのか、俺が下手なのか…?たぶん後者。
その後コース取り悪く、パラ前にパラTOと同高度で着く。まさしが回しているがキープしているようだった。南TO前ではパラが数機回してた。

パラTOの南東側、メインと南の間くらいにそこそこ強くて小さいサーマル。半周は上がるが、もう半周は上がらないサーマル。一周回して+5mくらいなので回し続ける。1100m程度上がったところで気づくと、かなり北に流されている。南に移動しつつサーマルにヒットして回してまた北へ…を3度くらい繰り返したところで、あまりの眠気と気持ち悪さで降りることを決意。
高度が1300mくらいあったので、とりあえず富士山目指して移動、富士山手前で800m程度になったのでサル公へ。瞬間+4m/sくらいの強い小さいサーマルがあるが、まともに回す大きさでもないし、気力もないのでパラ前へ。
パラ前は何もしないでも無限に上がるような状態、500mから一気に1300mへ。山頂でちかこを発見し、同高度まで落としてふと見ると、別人の高度見ていた。本人は1200~1300mくらい?仕方ないので当初の予定通りランディングへ向かい高度処理。
ランディングは良かった。久々にしてはグライドパスもしっかりしていた。

とにかく、眠すぎ!飛びながら寝そうになったのは初めてだった。
グライダーの片付けは2時間以上かけてゆっくりと、日陰で休み休み行ったら熱中症はほとんどなかった。良い。
あと、パラが多すぎて疲れた。こっちみてないパラが一機でもガーグル内にいると、すごく疲れる!!
そして、操作がへたくそになってた!さすがに後半は感覚取戻しつつあったけど、最初はひどいもんだった。

 

テイクオフ雑になってるので、修正する。
タンデムばっかやって浮きやすさに調子乗ってた。
タンデムは9月中には取る。

 

なんかログは途中から取れてる感じ?精度も悪いし、なんだろう?

https://www.xcontest.org/world/en/flights/detail:T.Tohchika/9.7.2017/02:24

f:id:tck_hgpg:20170712214123p:plain

2017/07/02 タンデム3

タンデム講習3日目
西~南西風1-3m、うす曇り
前日は飲み会で終電、1時間睡眠で朝出で体調が良くない。上原カーで。
飛ぶ気はなかったが、10時ごろ、西でもタンデムしていいとのことなので、上原とタンデム2本。
1本目終ったあと少し熱中症っぽく頭痛と、睡眠不足がたたりテイクオフで1時間くらい睡眠。起きたらハング講習生とかが北野さんと見学にきてた。名前のわからんジョーズの服きた子にセットアップ手伝ってもらい、2本目。(7/17追記:いなば??)

 

1本目:テイクオフノーズ低い。加速が弱い。減速時に体がめっちゃ寝た。上空操作はやっぱり重い。ランディングのグライドパスは良い。

2本目:テイクオフノーズ低い。加速が弱い。減速時も体意識してたが、フレア時やっぱり少し寝た。ファイナル切った時に一度膝を前にしっかり出す必要があるとのこと。アプローチ中の速度が少し遅い。スピードが遅い状況でアプローチしていた場合、引き込んで入ってインサイドできるタイミングなら入った方が良い。

 

グライドパスやアプローチを相談しながら飛んだり、操作について話しながら試したりできる点で、タンデムはすごく楽しい。
入社前最終日、いい休日を送れた。(が、体力……)

2017/06/29平日 タンデム練習2

社会人になる前最後の平日足尾、風は南、曇り予報。ぎりぎりタンデム講習できると思い足尾へ。
前日飲み会で睡眠時間確保のため少し朝寝坊、10時には足尾つく予定が、色々手間取り10時半。
つくばまで電車で行って、そこからカーシェア。交通費占めて8000円弱、高い……

 

北野さんとタンデム2本。COOから。ハング講習生は社会人二人。初飛びしたばかりのあか〇ぎさんと、十数年ぶりに復帰したさ〇とうさん。

 

1本目は北野さんパイロットで。パッセンジャー側だと操作が違和感あってむずかしい。
インストラクターによって教え方が若干違うのが面白い。

 

2本目は俺がパイロット。ファイナルグライド高いなーと思いつつ入ったらやっぱり高くて振ってぎりぎりインサイド。操作に不安があるからこうなるんだな、でも操作できるのがわかったから次からは大丈夫。
あとは北野さんがどれくらい俺を助けてくれていたか、タンデムしたことないパイロットとやってみて確かめないと。

とにかくランディングでスピードが遅い。
起き上がった時の起き上がり方が弱い。

 

この2点を特に意識して、次はイントラ以外と練習じゃ。

タンデム

先々週 2か月ぶりに1本飛んだ。アップライトが異様に曲がってた。最後に曲げてたのか?記憶にない。久々に飛ぶにはそこそこあれてるコンディション。田中さんと出て最初は邪魔だな~と思ってたけどどんどん上げが早くなってきてあげ負けた。悔しい。西に出てリターンして降りたけど普通に降りれた。テイクオフやランディングはへたくそになってた。

 

先週 アップライト曲がりすぎてフリーダム借りてフライト。板橋君にまけた。ランディングはファイナルでバンクつけすぎて傾いたままフレア、ぎりぎり耐えたけどアカン。やっぱシングルと角なしじゃ操作も違うし感覚も違うってことを大門さんとお話しできた。いたばしにまけたのはマジで悔しい。っていうかサル公側でほとんどまともなリフトがなかったのが痛すぎ…弱いリフトにしがみつくべきだった。なんかスルーしてパラ前戻ってリフトなくて沈ってパターン、よくある気がするなぁ~~予測できてなさすぎ!

https://www.xcontest.org/world/en/flights/detail:T.Tohchika/9.6.2017/03:17

f:id:tck_hgpg:20170619004135p:plain

 

そのあと夕方アーベントでフリーダムで再び飛んだ。タンデム板さんが準備してたから500~700mくらいでずっと待機して、30分後くらいに板さん来て一緒に飛んだ。写真撮るから近くに来いってことでがんばって近づいたけどめっちゃ楽しかった。ランディングもきれいに決まって良かった。

 

今週 土曜は昼に足尾について上がったけど風強いし眠いしで降りた。

日曜は朝飛びでみんなを巻き込んで初タンデム講習。スピード早い、ランディング難しそう、、、もう一回くらい、板さんがパッセンジャーで練習してから他の人と練習って感じ。板さんに馬乗りにされた時が一番操作しやすかった。

パッセンジャーがトグルを持つ方法を確認する
・走る練習。最初に右足を前に出した状態から、左足を前に出して~的な。
・飛んでからV字抜けて安定するまではアップライト姿勢でしっかり操作。
パッセンジャーのフットバーが出せないときはサポートしてあげる。
・ランディング時もそうだが、アップライト姿勢の時は足で相手の足を押して体を起こしつつ、体重操作をさせる。
・寝姿勢のときも足で体がねじれないようにサポートしてあげる。
・降りるときは、まっすぐ前を見て~とか左180曲がるよ~とか全部教えてあげる。
・フットバーを外すときは足の後ろに行くようにする。

・スイングラインはメイン二つ、サブ一つ。メインは相手の技量次第で、相手に操作させたいときは低い方のスイングラインをかけてあげる。
パイロット用ハーネスの足ベルトのマジックテープは足の内側から外側に向けてくっつくける。足が擦れた時にはずれないようにするため。
・ラフラインは金属リングについている紐を引っ掛ける。フレアの効きをよくするため。
・バテンケースを紐として、キールに機体ケースをくくりつける。
・無線機はリアワイヤへ。ベルクロで固定。
・GoProもベルクロと、クロスバーに貼ってある養生テープで固定。

学生期間を振り返って

しるふブログもかいた

修了したよ | Sylph ブログ

 

そこには書かなかったことも含めて。

 

大学生学部、大学院と6年間ハンググライダーサークルに所属してきた。

ハングにした理由はかっこいいから。本当にそれだけ。
入った当初は飛びたいだけで、飛んだらすぐやめるのか、続けるのかもわからなかった。とりあえずお金をためないとなぁと思いながら8月から入るといった。
実際は大学の友達と遊んでるだけでお金はたまらなかった。けど言ったからとりあえず8月に2回?4日間講習した。9月からは毎週末講習した。

最初は同期と馴染めなかった。8月ではすでにグループができていた。自分の性格の悪さ、ひねくれていたことも大きな要因の一つでもあった。悔しいから講習をがんばった。でもまともに教えてくれなかったから、回数をこなした。(当時の講習は今みたいに毎回ちゃんと教えてくれるわけではなかったのです。聞けば教えてくれたのかもしれないけど当時はわからないよね)

初飛びはお情けで最後の組(ERN、SZと同じタイミング、11月頭)に飛んだ。それからも毎週末いった。飛べない日もあった。寒い中一日まって降りるときはつらかった(会話もないし)
やっぱり馴染めなくて、悔しいから誘導は先に取ってやろうとがんばった。ちょっとズルもした。

結局フローター誘導はTKZW、UEHRの次、3番目にとった。1日で3本飛んだ。最後は微フォローの中テイクオフして微フォローの中ノーターンで降りた。ちゃんと降りれたからオッケーになった。フレアは得意だったのだ。これが14本目くらい?

このころ、SKあたりとも少し仲良くなれた。理由はよーわからんが一緒にいたらそんなもんだろう。

でもやっぱり馴染めてない感はあったので、ハングハーネスの誘導は先に取ろうとがんばった。21本目くらいでとれた。やっぱり3番目だった気がする。

ハングハーネス誘導を取った1本目、サル壁で回してたらめっちゃ低くなってやっべ~と思ってノーターンで帰ったらめっちゃおこられてバリオ没収された。無線入ってたらしいんだけど、電池の接触の問題で聞こえてなかったのだ。理由を話したら返してくれた。気を付けようと思った。それからも惰性で続けた、ほかにやることがわからなかった。

 

2年生になり、新歓。後輩MNKが3月ごろにメールを送ってきており、全員でサポートして講習をおわらせた。しかし天気に恵まれず、KMさんや板さんに頼んで朝6時ごろに飛ばす作戦で初飛びさせた。
5月か6月ごろ、初めてまともなソアリングが曇りの吸い上げの日にできた。SKと一緒だった。雲底に近づいてきたら、サル公に逃げろ~と無線が入った。俺はサル鉄塔、SKはサル壁に向かっていったのが思い出。二人ともバカだったんです。
一度ソアリングを経験するともう一度、という気持ちがあって、頑張って続けた、8月のnasas(学生大会)の出場条件が50本だったので、がんばった。8月には1500m以上あげられる日が二日くらいつづいて楽しかった。

11月にあった新人戦では、パラと同時開催で、ハングは俺、同期UEHR、同期TKZWの3人という状況。一応1位とってフライトスーツもらったけど、なんかなぁという気持ち。

当時12月に会った西学(龍門)では2nd、ターゲットで出場し、8人か9人くらいいたかな?測定距離内に入ったのは俺と同期UEHRのみで、UEHR1位、俺2位だった。

3月にあった学戦(耳納)では、学連が同時開催で学戦の前にあった。学連の時は飛べていて、学連にまともに参加していない板敷の連中は飛んで、学戦では条件的に飛べず、不満をぐちっていた。

12月ごろ、ショップが経営崩壊。悪いのは誰かってのは明らかだったけど、残された2グループはどっちもどっちって感じ。グダグダに巻き込まれ、結局板さん側につくことに。まぁソラピだとハングできないから学生的には仕方ないね。

 

3年生になり、GW合宿2週間前に担当者が逃亡。急きょ代理でやることになった。講習場もないし、宿も2週間前じゃ取れないしどーすんの?みたいな状況。講習場を貸してくれるCOOと板さんと話し合ったりなどした。
正直対処するだけなら、まぁまぁ大変くらいで終わったんだが、OGからの圧力などでストレスが溜まっていた。
合宿前日、もう準備することはないと思い、思い切って飛んだ。同期UEHRを誘ったが西風なのでテイクオフには来なかった。俺は西に飛んで2200m上がった。南風強くてファルコンにはきつかったが、初めて2000m超えて感動。自慢しまくってうざがられた。
GW合宿自体はまぁまぁうまくいったのではないだろうか。

 

8月、nasas直前にC級ライセンスを取り、LaminarRに乗り換え。まったく問題なかった。nasasでは1stクラスで出て、ぶっちぎり優勝。初日は条件悪く不成立。二日目は借りたGPSのシリンダー半径が10kmとかになっていて機能せず、2週くらいしたかな~のとこで諦めて筑波山へ。楽しかったが、順位的には真ん中くらいの600点くらい。
三日目は1時間半くらいしたら1stの選手っぽいのが誰もいなくなったので、3時間飛べば俺が1000点他が500点未満で俺が優勝するとわかっていたので、がんばって3時間飛んで優勝。

N草が2ndで初めて大会に出てきて、これが初対面。

 

冬の学戦(龍門)では、前日に調子に乗ってショップ横に西アプローチで降ろそうとして木の枝に下面を裂かれ、SKのFALCONで出場。UEHRが一緒に行こう行こう龍郎おごるからというもんだから言ったけど、結果として4位。UEHRは5位。やったね。LaminarRだったら優勝してたな~とマジで思う。
思えばこのころからUEHRが大会にひっぱってくれていたと思う。

たしか秋ごろ、安曇野の大会に出た。条件が悪かったけど楽しかった思い出。MNKがプッチンプリンを口にダイレクトに入れて遊んでいた。ランチャー台がくっそ滑ってトレッドミルみたいだった。

 

4年になると、研究室やらなんやらで忙しくてあまりイケてなかった。4年の初めのころは実質P証みたいな扱いでテイクオフスタッフなどをしていた。
もっと飛べばよかったと思う。nasasも結局出ず、最終日にダミーで行っただけ。(条件くそしょぼくて板敷での大会だった)。そういえばその時初めて一本吊りハーネスを使った。

 

M1になるとストレスであまりいけなかった。研究室のボスと合わな過ぎて、結局喧嘩して千葉にいくことになった。これは結果としてよかった。この精神状態を緩和してくれたのも足尾だった。秋には安曇野の大会に、また出た。ルール違反とかいてぶーたれていたけど、まぁ楽しかった。

年末年始には九州にツアーにいった。阿蘇大観峰で一番高く上がったのは、ツアーメンバーでは俺だけだと思うが、逆転層の上ですごくきれいだった。でも荒れてて怖かった~

M2では千葉の研究所になれるのと就活でそこそこ忙しかったが、夏ごろから復帰。よく飛ぶようになって、nasasにも復帰。くそみたいな条件だったけど、板さんと飛べたりして楽しかった。一応3位だけど、、、。

クリスマス(12/25)にお情けでXCP証をもらった。僕はクリスマスクロスカントリーパイロット!とかいってた。

年始には西富士にツアーにいった。最高高度2650mでめっちゃ楽しかった。

その後すぐに西富士JCにでた。初の社会人大会、うまい人も下手な人もいたけど、安全マージンと、レースとの割合が難しかった。自分の中で十分安全なフライトができたので、オッケーだと思う。板さんが幻のゴールになって、あんな顔してたのが印象的だった。

学戦in龍門では、GPSの設定の問題でシリンダー400m手前で曲がってたのでフリーフライトと一緒だった。一応ゴールしてたんだけどなぁ…

耳納では、ちゃんとゴールした日と、してない日が一日ずつ。した日がよかったので4位。れせぷがすごくて最高の大会だった。

板スプ(社会人大会)では、大変なこともあったが、ここでも俺は安全に飛ぶことを意識しなおさなければならなくなった。

 

 

6年間いろいろあった。やめようと思ったことも何度もあった。悔しい思いもしてきた。腹が立ったり、納得できなかったりすることもたくさんあった。でも、レースの楽しさを知れて、知らぬ土地の上を、雲の上を、富士山が見える空域を、逆転層の上の澄んだ空域を飛べる感動を得られたのは、ハングを続けてきたからこそだと思う。

ハングを続けて、大会にでて、いろんな人と出会えた。あんな奴らと出会うのは、こういうサークルじゃないとできないと思う。

パラも少しだけやった。ぼろいパラだからなんとも言えないけど、周りに何もなく自分が浮いていると自覚させられる感じや、浮きやすさ、操作の違いなどを感じた。それをさせてくれたショップに感謝。

色んな人を見てきた。嫌いな奴もいい奴も。そういった環境の中で自分の性格が変わってきたのが今振り返るとわかる。昔の俺は屁理屈だけで相手の感情を無下にしていたなぁと思う。今も全然足りてない。でもきっと前よりもいい方向に進んでいると信じたい。

 

そして同期がいたから、ここまで続けてこれた。XCPを取るモチベーションになった。XCPをとったからこそ、最後に社会人とレースができる環境に入れた。社会人になっても続けるモチベーションの一つになった。感謝。

 

社会人になっても、続けられるといいなぁ。まだ知らない楽しさがあるはず。

怪我なく、安全に、ちょっと背伸びをして、飛びたいね。

板スプ

板敷から飛んで、いい感じに上げて、流されすぎてやべって戻ったら300mになって、ランディングからまた上げなおして2300mくらいでスタートして、足尾ついて、大門さんより高く足尾山越えようとしたら、大門さんは超えて俺は超えられずに降りたっていう。あのとき旧ランあたりのサーマルに行っておけば…

が、ゴールはすごい有様だったようで、行かなくてよかったとも思う。

 

安全に飛ぶためには、俺には足りてないものがある。

けどそれはすべての条件の中で、という話で。

今の技術・知識で、安全に飛べるコンディションってのがあるわけで

そういったコンディションで飛べばいいし、そのコンディションを見極めてくれるのがエリア管理者なわけで、

俺はまだまだ本当のXCPにはなれてないなって思いました。

一応ログ。

同期Uに負けたのがホントに悔しい。最近負けっぱなしじゃね?飛んでる時間も本数も頭の使い方からも、当然の結果か。

f:id:tck_hgpg:20170328001240p:plain

https://www.xcontest.org/world/en/flights/detail:T.Tohchika/19.3.2017/02:50